選手を引退後、ほとんど社会経験も積まずに経営者になってしまった森田は、毎日大きなストレスを抱えていた。
経営などやったこともない。一生関わることはないと思っていたなかで就任した、代表理事という立場。一方でお金もない。貯金を切り崩す日々のなか、限界が近づいていた。
そのころ、月に2、3度、森が練習を見に来ていた。選手の話を聞くために、昼休みの休憩中に来ることが多かった。ある日ふと、森はマネージャーに声をかけた。
森:「森田さんって、いっつもおにぎり食べてるんですね」
染川:「そうなんです。監督デカイんですけど、少食なんですよ」
森:「へー、あんな小さいおにぎりで足りるんですね」
染川:「はい。監督がいっぱい食べてるところは見たことありません」
そんな会話があり、そうか、人は見かけによらないものだなと、森は思っていた。
*
また別のある日、森は森田を昼食に誘った。
「僕がおごるので、何か食べ行きませんか?」
トンカツ屋へ入った。
目の前に定食が運ばれてくると、森田はごくり、と喉をならした。
震える箸でトンカツを一切れつまみ、かぶりつく。サクッ、じゅわっ。衣と肉の旨味が、口のなかに広がっていく。その後はもう、止まらなかった。ものすごい勢いでがつがつと、定食を平らげてゆく。白ごはんは、3杯おかわりした。
そんな森田を、森は不思議そうに見ていた。
森田:「どうかしましたか?」
森:「森田さん、少食じゃなかったんですか?」
森田:「え、何でですか?」
森:「いつも小さいおにぎりしか食べてなかったので……」
しまった、そんなところを見られていたのか。森田は観念して事実を話した。
森田:「実は、運営で貯金を切り崩してしまい、残金がほとんどありません。お恥ずかしながら、妻の実家からお米をもらい、小さいおにぎりを毎日握って持ってきているんです。久しぶりのトンカツだったので、無我夢中で食べてしまいました」
森:「少食じゃなくて、ただの金欠だったんですか?」
森田:「はい、実はそうなんです」
チームの運営は本当にお金がかかり、大変だ。そして自分には経営の知識もなければ人脈もない。森田はそんな自分が悲しかった。
森:「僕が、手伝いましょうか?」
まっすぐに自分の目を見てそう言う森を前にして、森田は心臓の鼓動が激しく脈打つのを感じた。
“こんなどん底にあるチームを、助けてくれる……?”
だが、森にコンサルを依頼するお金はない。
森田:「すみません、喉から手が出るくらいありがたいお話なんですが、僕には森さんに報酬をお支払いするお金がありません」
素直にそう話した。
森:「小さいおにぎりしか食べてないんだから、お金がないのはわかってますよ。一緒に強いチームをつくりましょう」
それまでは自分も手探りのなか、人に頼れず、孤独に苦しんできた。でもこれでやっと、経営のプロにチームの運営をお願いできる……。森田はふう、とひとつため息をついた。ずっと肩にのしかかっていた、一人で抱えていた重荷が、少し軽くなったようだった。
思えばいつも車で一人落ち込んだ時期も続いた。いつか信頼できる仲間、選手と一緒にこのチームを強くしたいと願った夢が叶った瞬間だった。
自分が選手の時には感じることがなかった「人の温もり」を改めて感じ、自分自身もっと成長して、次は選手たちのために自分の人生を捧げることを心に誓った。
こうして森が本格的に、部長としてチームに加わった。
(取材・構成:KANOA映画化推進委員会)