森⽥が練習会場へ到着すると、いつも通り選⼿たちの談笑が聞こえてきた。
楽しそうに、#11熊本と#10松永がじゃれあっている。森⽥はその笑顔を⾒るのが⾟かった。
思い返せば、2020年10⽉。森⽥は関⻄からやってくる選⼿の就職先を探すことに奮闘していた。
慣れない営業で、何⼗社と企業をまわり何度も何度も断られやっとの思いで選⼿たちの雇⽤先を⾒つけた。
早くても内定が決まるまで3ヶ⽉以上はかかった。
しかし、今はその頃とはまるで状況が違う。内定が決めるまで時間に余裕があった前回と違い、今回は少しでも新しい雇⽤先の確保が遅れてしまうと選⼿たちの⽣活を脅かし最悪の状況を招いてしまう。
ど貧乏なクラブチーム時代をやっと乗り越えたかと思った⽮先の出来事。
今回は選⼿の⼤半が⼀⻫に職を無くす最⼤の危機。唯⼀雇⽤先を変えず⼀⽣懸命働いてきた#5三浦と地域おこし協⼒隊として活動していた#10松永と#13⼭本は職を失わずに済んだが、それ以外の選⼿、スタッフは職を失った。
森⽥は、頭の⽚隅では今回はチーム崩壊も覚悟していた。しかし、その不安が前に出てこないように必死に抑え込んでいた。
ずっと考えても解決策が浮かばなかった。
森と中村も練習会場へ到着した。
森⽥は、⼆⼈に駆け寄り、「今から伝えます。」と伝えた。
「全員、集合。」森⽥が号令をかける。
選⼿たちが、⼀⻫に集まる。森⽥は、覚悟を決めた。
「今⽇は、みんなに伝えんといけんことがある。」森⽥の異様な雰囲気に選⼿たちも「何かあったな。」と察した。
「みんなに謝らんといけんことがある。今、雇⽤していただいているスポンサーさんが来⽉から継続できないと報告があった。でも、次の就職先は絶対何とかする。みんなに迷惑かけることはわかっている。でも、乗り越えたい。引き続きチームに付いてきてくれへんか?」
森⽥は、とっさにこの⾔葉が出た。もちろん次の就職先など当てもない。⼝からデマカセを⾔っているわけではなく、死ぬ気で再就職先を確保する覚悟だけはあった。
⼀瞬、選⼿たちに沈黙が⾛った。
不安そうな空気感が漂う。しかし、その空気を#11熊本が⼀新した。
「みんな、なんか⼤変なことになったけど、今までも何とかなったやん!とりあえず、みんなバイトやな。天皇杯・皇后杯も⽇程もうすぐやし、Vリーグ参⼊の記者会⾒もある。森⽥さん、森さん、中村さんが絶対再就職先⾒つけてくれるから、それまでバイトで凌ごう!」
その声を聞いて、他の選⼿も「何とかなるよ。なんかこのチームにいたら、全然動じなくなってきたな。度胸がついてきた。」と声を揃えた。
熊本は、「森⽥さん、とりあえず天皇杯・皇后杯集中しよ。私たちは、バレーがすべて。それ以外は⼀旦どうでもいい。必ず勝とう!」と⾔い放った。
森⽥は、その⾔葉に救われた。予想外の⾔葉だった。⾃分は選⼿たちに責められると思っていた。選⼿たちが内⼼どう思っていたかはわからない。
不安は必ずあっただろう。それでも誰⼀⼈辞める、などの⾔葉は出なかった。
みんな笑顔だった。バイトすれば何とかなる。
楽天的だと⾔えば、そうなのだと思う。しかし、森⽥の⽬には、明らかに⼼⾝ともに進化した選⼿たちの姿があった。
森と中村も⼈脈を最⼤限に広げ、あらゆるパイプを使い、就職先を探した。
しかし、チャンスの⼥神は突然あらわれる。
1週間後、熊本のInstagramにメッセージが届く。
「突然のメッセージ失礼します。私は、スポーツ選⼿に雇⽤先を提案し、スポーツの⼒で地域貢献することを⽬指しているのですが、⼀度お話できる機会をいただけませんか?」
その1通のメッセージがチームの運命を変えることになる。